「あと何年、働けばいいんでしょうか」
五十代の方との面談で、いちばん多い質問かもしれません。退職金をどう受け取るかでも、年金を何歳から始めるかでもなく、まずそこから入る方が多い。
無理もないと思うのです。そこが決まらないと、ほかのことが全部「仮の話」になってしまいますから。
ただ、この質問にその場で答えるのは、正直なところかなり難しい。退職金の規定、年金の見込み額、お子さんの進路、住宅ローンの残り。ぜんぶ関わってきます。全部そろえてから計算しましょう、と言えば確かに正確にはなります。けれど、そろえているうちに一年経つ。そういう方も、何人も見てきました。
だから最近は、先におおよその見当をつけてもらうことにしています。必要なのは、4つの数字だけです。
4つの数字で、だいたいの輪郭は出る
年齢。年収。いまの金融資産。年間の生活費。
乱暴に聞こえるでしょうか。ただ、理屈のほうはそれほど乱暴でもないのです。
年収と生活費の差が、毎年どれだけ貯まるかを決めます。その生活費は、辞めたあとに毎年いくら出ていくかも決める。いまの資産は出発点で、年齢は、残りの働ける年数と、年金が始まるまでの距離を決めます。
つまりこの4つは、「どれだけ貯まるか」と「どれだけ要るか」の両方に効いてくる。だから少ない数で、おおよその輪郭が出るわけです。
この4つを入れると何歳で辞められそうか、その場で出せるものを置いてあります。登録も何も要りません。1分ほどで終わります。
4つのうち、ひとつだけ外しやすい数字があります
年間の生活費です。
年齢と年収は間違えようがありません。金融資産も、通帳と証券会社の画面を見れば出ます。ところが生活費だけは、たいていの方が実際より少なく答えます。
月々の食費や光熱費は、だいたい正しく言えるのです。抜けるのは、毎月は出ていかないお金のほう。固定資産税、車検、保険の年払い、帰省、家電の買い替え、冠婚葬祭。年に一度か二度のものは、月々の感覚からこぼれ落ちます。
ですので、ここは「月々の支出×12」ではなく、年間で出ていった総額から考えたほうがいい。いちばん簡単なのは、1年前と今の預金残高を比べることです。その差が、収入と支出の差そのものですから。
「支出の25倍」は、日本ではそのまま使えない
必要額の目安として、年間支出の25倍という数字を見たことがあるかもしれません。4%ずつ取り崩しても資産が尽きない、という考え方から来ています。
これが広まったのは米国の研究が元で、前提も米国の株式・債券・インフレ率です。日本の会社員にそのまま当てはめると、ずれる方向が二つあります。
ひとつは、25倍だと多すぎる方向。日本の会社員には公的年金があり、多くの場合は退職金もあります。65歳以降は支出の全部を資産から出すわけではないので、本当に自力でまかなう必要があるのは、辞めてから年金が始まるまでの期間が中心になる。
もうひとつは、足りない方向です。取り崩すときの税金、辞めた翌年に来る住民税、国民健康保険料。このあたりは25倍には入っていません。
どちらが大きいかは、その方の退職金と年金しだいです。だから一律の倍率では決まらない、としか言えません。そこは面談でも、いちばん時間をかけるところです。
動かせるのは、だいたい支出のほうです
診断の数字を見て、思っていたより遅い、と感じる方は少なくありません。
そのときに効くのは、たいてい支出のほうです。年収はすぐには上がりませんし、運用の利回りは自分で決められるものではありません。けれど支出は、今日から動かせる。
しかも退職後もそのまま続く数字なので、一度下げるとその効果が三十年以上積み上がります。月に二万円だけ下げてみると、辞められる年齢が一年か二年、前に動くことがある。診断でもその比較が出るようにしてあります。
もっとも、切り詰めた生活を三十年続けましょう、という話ではありません。そこまでして早く辞めても、あまり意味がない気もします。固定費に一度だけ手を入れる、くらいの温度がちょうどいいのではないでしょうか。
それでも、これは見当をつけるための数字です
4つの数字で出せるのは、あくまで輪郭です。実際に決めるとなると、入っていないものがいくつもあります。
退職金がいくらで、どう受け取るか。年金を何歳から始めるか。辞めた直後の二、三年、住民税と国民健康保険料で手取りがどれだけ落ちるか。iDeCoや企業型DCを一時金で受けるか年金で受けるか。どれも、最終的な資産で数百万円単位の差になります。
ただ、それを全部そろえるのは後でもいい、と思っています。順番としては、まずおおよその位置を知ること。五年先なのか、十五年先なのか。それが分かるだけで、次に何を調べればいいかが見えてきますから。
「あと何年か」が頭の片隅に居座っているなら、一度、数字にしてみてください。思っているより近いこともありますし、遠いと分かったなら、それはそれで打つ手が決まります。どちらにしても、分からないまま抱えているよりはいいはずです。
